恩田陸『麦の海に沈む果実』
なるほど。これは確かに唯一無比。恩田陸の人気の所以がわかった気がしました。耽美で不穏な女学生の学園生活を散々描写した後にそれを全部台無しにするオチをつけて平気な顔でいるあたり、『白い花の舞い散る時間』みたいで好き。結末に至るまでの主人公の体験は要は全て嘘っぱちであり、作り物であるんだが、だからこそ綺麗であったりもする、と言うか、女学生の生活が綺麗だなんて、作り物の世界の中でしかありえないことなのよ?という提示の仕方が好き。どうせならあの謎の転校生のバックグラウンドみたいな俗っぽいオチを大量に詰め込んで、もっと台無しにしてくれてもよかったんだが。
で、『三月は深き紅の淵を』はまだ未読なんですが、これを読んだからには読んだほうがいいんでしょうか。そもそも事前に読んでおくべきだったのか?
シリアナ
なーんかなー。目まぐるしく移り変わる多視点からのわかりにくい語りに反して、最終的に伝わって来てしまうメッセージはかなりストレートなんだよな。要は「青い理想が潰されてしまうこの虚しさ」ってことなわけでしょう。すごい腰砕け。シビアなリアル志向ぶってるわりにマット・デーモン演じる商社マンがビジネス・チャンスを手にするその経緯に納得いかなかったりもして、いろいろ徹底されてない印象。もうちっと芯を通してほしい。
この映画でアカデミー助演男優賞を獲ったジョージ・クルーニーはいちいち芝居がかった演技で、やはりシリアスすぎる映画には向かないのじゃないかと思う。代わりに(?)黒人弁護士役のジェフリー・ライトがカッコよく、アラブ系青年役マザール・ムニールが可愛かった。他、出番の少なさのわりに重要な役柄のティム・ブレイク・ネルソンの演技が思いっきり周囲から浮いていて笑えたり、クルーニーの息子役で1シーンだけ出演のマックス・ミンゲラ君が例によって童貞臭くて目を引いたりしました。
レイ・ブラッドベリ『太陽の黄金の林檎』
ブラッドベリもまともに読んだの初めて。この一つの短編集の中にはいろいろな傾向の作が収められていて、社会風刺的な「白黒対抗戦」とか、ヒッチコック・マガジンに載っていてもおかしくないブラックなミステリ「鉢の底の果実」、王道SFな「雷のような音」なんかも悪くないのだけど、特に印象に残ってしまったのは一連の乙女ちっくな短編。
例えば、「四月の魔女」で描かれる肉体の枠を超えた一夜の恋模様や、「荒野」の火星‐地球間の距離を飛び越えて届く愛の言葉には、恥ずかしさを覚えながらも感じ入ってしまう乙女な自分、が発見されるのでした。そう言えば「霧笛」に描かれた時を越え慕情も、乙女ちっくと言えないことはない。そして、一番気に入ったのは「山のあなたに」。届かない手紙を待ち続ける中年女性の心情の描き方がとんでもなく感傷的で、それでいて容易に感情移入を許さない、もう美しいとしか言いようがないお話で、僕は大好き。
ナルニア国物語/第1章:ライオンと魔女
わりと期待外れ。幼い兄弟が当初は戸惑っていた異世界の秩序にずんずん嵌ってゆく様子がおぞましくも素敵だった原作と比べて、この映画版は彼等の順応っぷりが素直すぎてヤバさが感じられず、そこが面白くなかった。そもそも疎開先の出来事とかいう映画オリジナル設定が邪魔すぎる。反戦テーマとかいらないっての。映像にも予告編以上の迫力は感じられないし、レイティングの関係だか何だか知らないが重要な描写(ピーターが初めて剣を抜いて敵をやっつける場面や、白い魔女の最期など)が省かれてるのは興醒めもいいとこ。
というわけで、この映画唯一の見所は二男エドマンド君のエロちっくな撮られ方。「普通っぽい子を集めました」的な顔ぶれの主役の子役陣の中、一人浮いてしまうほどに美少年然としたスキャンダー・ケインズ君の可愛らしいことと言ったら。白い魔女に誘惑される様や、拘束されて汚れた膝小僧を晒すその姿に僕はもう……。あ、あと、出番少ないわりにやたらとカッコいいキツネの声を演じたルパート・エヴェレット様と、タムナスさん役のジェームズ・マカヴォイも悪くない。
ジョン・ソール『踊る女』
引き続きソール本。わりあいゴシック調で、でもほんのちょっとだけ下品なところがソール節。これまた因縁と愛憎に導かれて狂ってゆく女が物語の中心にいるのだけど、この女のトラウマが全てはっきりとは説明されないのがいい感じ。このほうが怖いし、切ないよな。クライマックスで男女が時を越えた再会を果たすシーンなんかとても泣ける。
ただ、屋敷の中で繰り返される暴虐の描き方はもっとおぞましくてもいいと思った。チェアリフトに綱を結んで……のくだりなんかはなかなか気持ち悪い絵が見えて好きなので、こういうのがもっとあれば満足だったのだけど。