畠中恵『しゃばけ』

裏表紙あらすじの「大江戸人情推理帖」って言葉は嘘じゃなかった。人情云々はともかく、何気ない記述やファンタジー的な設定が伏線として機能していたりして、ミステリ要素がちゃんとある!事件についての疑問点が箇条書きで述べられたりするベタな本格ミステリみたいな部分があってびっくりした。まあ勿論、ミステリ要素だけで楽しめるレベルではないし、そうである必要もない小説なのだけど。
話としては、主人公の病弱な若だんなが子供の頃から妖怪達に守られて育っているという設定が生きていて面白い。いろんな妖怪が出てくるだけで楽しいなあ。でもせっかくの妖怪うじゃうじゃ小説なんだからもっとうじゃうじゃ感があっても良かったかも。あまり個々の妖怪の個性が光っていた気がしないし、彼等の心理やなんかの描き方がちょっとわかりにくかった。特に佐助と仁吉の妖怪形態(なんてものがあるかどうかわからんが)を見せてくれないのは不満だなあ。いけずー。若だんなの成長とか人間関係の様子については、当時の風俗的要素なんかも交えながら巧みに描かれていて満足。軽やかでありながら微妙に湿り気のある魅力的な文体とも相まって、リーダビリティは高いです。すらすら読める。
あと、こんなにやおいにしやすそうな小説だとは思わなかった……。僕はしやすそうだと逆に気が引けてしまう種類のヤオイストなので、そういう観点でこの本を見ることはしにくい。少し残念かな。

恋愛適齢期

今まで一度も本気の恋をしたことのない売れっ子女性脚本家ダイアン・キートン若い女性にしか興味の無いジャック・ニコルソンが互いになんとなく惹かれていって……というあらすじだけ読むとかなりどうもいい感じなのに、実際見てみるとシーンごとにいちいちトンチの利いてる画面とキチキチ伏線を拾って行くテンポのいいストーリー展開に目が引き付けられ、退屈する暇がほとんどないのだから感心する。終盤ちょっともたつくけど。
あまりクレバーな匂いをさせずに、でも寒々しくはならない微妙なユーモアの匙加減は凄いかも。老眼とか高血圧とかの年齢ネタなんて特に巧い使われ方をしていると思う。ロマコメとしても、チャットでの会話→家の中でのデートのシーンみたいに「老年ならでは」な感じのロマンチック演出が実に巧くいっていてあまり文句をつける所がない。ニコルソンのゴロンゴロンした体とかキートンの過剰になる寸前の身体表現とかをうまーく利用しているので、彼等が魅力的に見えるし。ニコルソンの同年代の女性に心惹かれる戸惑いとか、キートンのニコルソンを諦めるまでの心理とかについて描写があまりされないあたりがちょっと不満だけど、いやしかし巧い映画だ。残念なことに話自体があまり趣味じゃないんでそれほど好きにはなれないけども、しみじみ巧いなあと思う。

乙一『GOTH リストカット事件』

猟奇的な事件にのみ大きな関心を持つ主人公とそのクラスメイト森野の二人が次々に異常犯罪に遭遇し、いろいろと関わってるうちに事件の片が付く趣向の連作ミステリ短編集。えー、これは主人公の自分語りが過ぎる気が。そんなにしつこく自分は人と違う、普段は自分を偽っている、って言われても。察するにこれは最近ミステリ界で流行のネタ(サイコキラー的人物による一人称語り)を別にそんなに思い入れもなく取り入れてみたってことなんじゃないだろうか。結果、作者の平易な作風とは不協和音を奏でてしまったという感じ。『暗黒童話』でのサイコキラーの描き方は悪くなかったのになあ。自分で喋らせるもんじゃないようだ。でも最終的に主人公と森野を違うタイプの人間として描いてるのは巧い。これによって森野が萌えキャラとして確立されてるし。
収録作の中では「犬」が気に入った。例によって乙一流のせこいミステリなのだけど、真相がわかったときに浮かび上がる“絵”が幻想的で良い。この人の平易すぎる作風に物足りなさを感じる者としては、こういう猟奇的幻想的描写をするときだけほんの少しネジを外してくれるのが楽しい。あとは最終話の「声」もシリーズのまとめとして巧いことやってると思う。そつなく都合よく終わらせたねーって感じで。この人はミステリ要素を除けば普通に巧い人だと思うんで、ミステリ書かないほうがいいのではという気が。ミスリーディングの仕掛け方とかギャグみたいだし。あ、あと言葉の選び方にもう少し緊張感を感じさせてほしいな。そのへんが不満。