パトリシア・ハイスミス『ガラスの独房』

無実の罪で投獄されることになった建築技師カーターは、同室の囚人とのトラブルの末看守による虐待を受け、親指に重傷を負った痛みをまぎらわそうとモルヒネ中毒になりかけ、おまけに面会に来た知人からは妻と弁護士が不倫の関係にあるとほのめかされて……というお話。
ハイスミス作品は初読みなのだけど、これから入ったのはもしかしてまずかったのか。まあいいか。異常な環境に置かれるとどんな善人でもおかしくなっちゃうんですよー、人間なんてその程度の強さしか持ってませんよー、というようなことがテーマになってるとおぼしき作品ながら、読者に主人公を憐れませるでもなく恐れさせるでもなく、冷静にその心境の変化を見守らせてゆく描き方がニクい。そのぶん物語は盛り上がりに欠けていて、ラストも「えっ、あっ、終わったの?」ってな感じなんですけれど、これでいいんだろうなあ。
終盤に主人公はかなり唐突にある悪行をしでかして、これが本当に唐突すぎてサスペンスも何もないのだけど、この唐突さも「主人公にとってその行為はもうたいしたものではなくなってしまった」ってなことを表してるんだろうなあ、と考えると、ああ、なんだか歯痒い。