ジョン・アーヴィング『ガープの世界』

アーヴィングはすごい。文庫上下巻で計1000ページ弱もあるこんなに長い話が一気に読めるんだから。この優しくてちょっとすっ呆けてる語り口は癖になってしょうがない。全く。
でもこの小説に関しては今まで読んだアーヴィング作品ほど好きなものではないかな、と思った。主人公が最後の最後まで“困った人”で、勿論愛すべき人物ではあるんだけど、例えば『サイダーハウス・ルール』の主人公ホーマーみたいに“しょうがない人”だとは思わせてくれない、容易に肩入れさせてくれないあたりがなんだか。ちょっと。そこはたぶんいいところでもあるんだろうけど。あと、アーヴィング作品に顕著な「滑稽な切なさ」とでも言うべきものがあんまり含まれてないのが不満。基礎的な設定部分にヘンテコさが不足しているし、印象的な死の描写もそんなにないのだ。しかも唯一印象的な死が主人公夫婦への“バチ”として描かれているとしか思えないものだったりで、なんだかなあ。
だけれども例えば政治的なネタを扱いながらも政治的・社会的・道徳的・倫理的な普遍性は持たず、もっと素敵な意味の普遍性を持っちゃうようなこの物語を、僕はやっぱり好きだなあ。特にラルフ夫人にまつわるエピソードが好きだ。ハッピーエンドだということを読者にしつこく確認しているかのような終わり方も微笑ましい。あ、それと悪い予感の意味で使われる「ひきがえる」という言葉の扱い方は素晴らしい!(『ホテル・ニューハンプシャー』の「熊」みたいな感じ)これこそアーヴィング。