浦賀和宏『彼女は存在しない』

かなりまっとうなサイコサスペンスって感じか。たぶん意識していつものうざったい自己言及他の青臭い要素を控え、メインのネタが生み出すサプライズに力を注いでいるように思われて、浦賀作品をデビューからずっと追いかけてる人なら、発売当時、浦賀も大人になったなあ、と思えたんじゃないだろうか。大人になるのは良いことですよ。うんうん。
とは言え相変わらずの音楽ネタ(一昔前のサブカルな感じ)とか、作中作『笑いの報酬』がお笑い界の裏の犯罪を暴く!みたいなストーリーだったりする謎のセンス(このへんは『浦賀和宏殺人事件』につながってると思う)とか、いわゆる「浦賀節」は健在なのでディープな浦賀ファンにも楽しめないってことはないでしょう。
ミステリとしてはネタがかなりバレバレ。2つの視点で交互に語られる物語という形式の時点で「何かあるな」と思うわけで……これは分が悪かった印象。伏線の張り方もちょっとぎこちないし。だけど、このネタを破綻なく使っただけで終ってるわけではなく、それが“彼女”の存在の空虚さ、儚さを読者に感じさせることにつながってるのでそれほど問題ではないと思う。特に『笑いの報酬』にまつわるネタには唸ると同時に切なさを感じた。多重人格ネタの扱いとしては王道とも言えるけど、それをきちんと自分のものにしてる感じがして、感心できる。
ところで、安藤シリーズじゃないからって油断してたらこれにも食人ネタが……。この筆が滑ってる感は強烈だなあ。