余談

ちなみに↑の『クレイジー・クレーマー』を読んで思ったのだが、小説を読む際に、隙あらばキャラ萌えしてやろう、という気持ちが心のどこかにある人達にとっては割れやすい(ミステリ的)騙しのネタってのが存在するよなあ。歌野晶午の某作なんかでも、キャラ萌え志向な人種は登場人物のあの点についてはこだわるから、そこんとこに注意を向けてると記述の曖昧さに気づきそこからネタがわかってしまうということがあると思う。
ミステリ作家の方々はその点考えたりしてるでしょうかね。してるわけないと思うけど。