斎藤肇『たったひとつの 浦川氏の事件簿』

いや、涙が出そうだ。


というのは嘘だけど。
「思い」三部作を読んだときはある点で面白いとは思いつつも微妙な感想を持っていた。この作者が自分にとってこんなに大切になるとは思ってなかった。どうしよう。僕は、この本に心底感じ入ってしまった。この連作短編集は、「ミステリが好き」ということが小説の形で表わされている一つのモデルケースとして捉えてもいいと思う。この作者はミステリというものに対して間違いなく幻想を持っていて、それがいろんなものを無視しながらぎこちなく疾走した結果がこの本だ。きっと。最後の一編の「浦川氏のための事件」を読みながら僕は、この作者のミステリに対する想い(それは作者自身がこの作品に冠した「へそまがり」という表現で表すよりも、むしろ「愚直」という言葉に近いように感じる)を勝手に感じ取ったような気になって、それをたまらなくロマンチックに感じ、それに対して泣きたいと思ったのだ。僕には、この作品を書くに至った作者の心が奇跡と言ってもいいようなものであるように感じられる。それが存在することではなく、それそのものが。
これを読んで、プロフィールの好きな作家に必ず入れる名前が一つ増えて二つになった。それは飛鳥部勝則と、この斎藤肇のことなんだけど。


最高の「ミステリ愛好家による小説」をありがとう。