鳥飼否宇『密林』

前作『本格的』(→感想)が非常にアレだった作者の文庫書下ろし。某所でリッパーさん(id:kirisakineko)がおっしゃってたようにこの本の出自である「角川文庫55周年記念書き下ろし」という企画の執筆者のメンツはなんだかおかしいです。だって鯨統一郎霞流一に加えてこの鳥飼否宇だよ?変な方向に偏ってるんじゃないかね。
というわけで中身ですが、なんだかこの作者の、『本格的』で全開になっていたウォッチ欲をそそる要素にどうしても目が行ってしまって。まだ本を二冊しか読んでないにも関わらず、この作者のバランス感覚のおかしさについて既に僕は確信のようなものを持つに至ったね。この小説においてそれが何より表れているのは、一応主人公的なポジションにいる松崎というキャラクターの情緒不安定っぷり。これは作者の技量の低さによって意図した以上になってしまったものだと思うのだけど、その感じがなんとも微笑ましく面白いので問題ない。うーん、この作家の魅力はたぶんこういうところにあるんだろうな。
しかしこの作家の作品が異常にバランス崩してる部分を含むのにも関わらずあまり叩かれていない(ように思える)のは、鯨や流水なんかと違ってミステリ部分がわりとしっかりしてるからですな。この小説においても「死んだはずの人間が生き返った謎」とか暗号の答えとか、そのほかの細々とした謎に一応きちんと解決をつけてるし。まあ伏線の回収の仕方がぎこちないとか、登場人物の推理の進まなさと読んでる側のバレバレ感とのギャップとか、いろいろ問題はあるのだけど。
とりあえず結論として、今僕が最もウォッチ欲をそそられる作家は鯨でも流水でもなく、この人だ。もう、そうなってしまった。うは。