トレヴェニアン『シブミ』

“渋み”を究極の形とする日本文化とアメリカニズム文化の対立、という構図を無理矢理でっち上げて物語の主軸に据えたこの趣向は、下手すると『ラスト サムライ』みたいなタチの悪い勘違いっぷりを晒す危険性すらあるものなんだが、ジョークを交えた冗談めいた語り口と感傷に流れない描き方でそのへんは楽々クリア。現在に至るまでの主人公の半生を描いた部分、特に戦後のパートが面白くて、語学の天才だわ妙な特殊能力は目覚めるわ怪しい武術は身につけるわでもうわけわからん主人公にきちんと父子ドラマを演じさせ、きっちり感情移入を誘う展開が巧い。
突然ケイヴィングものになったり突然エスピオナージュになったりする滅茶苦茶な構成は面白いけど読みにくく、でもやっぱり面白い。ただ、バトルシーンがかなり少ないのにはちょっと不満が。それと、終盤「奪われた分奪い返す」主人公の行動が、どうも弱い者虐めっぽく見えてしまうのが痛い。彼をもっと凹ませたほうが面白かったよ。

山田風太郎『魔界転生』

まあ面白くないわけがないわけでありまして、面白かったですよ。史実上対決できたはずがない剣豪同士を対決させるのに転生という妖術を持ってくるところまではともかく、その転生の術がやたらとエログロな設定でまずニンマリ。それから、十兵衛対転生衆の対決の舞台がいちいち凝っていて、それが対決を左右するのが面白い。天守閣の上で対決とか、縄を渡した崖っぷちでとか、巨大な鐘のある寺院でとか。義理や人情を心得つつも根が飄々とした十兵衛のキャラはなかなかカッコいいし。
ただ、やっぱりこれを最も楽しめるのは作者と同じように「柳生十兵衛宮本武蔵の対決が見たい!」とか考える人だろうということで、伝説の剣豪として登場する主要キャラに特に思い入れがない、そもそも柳生如雲斎とか荒木又右衛門とか言われても知らないし、な僕にはそこまで興味が持てる本ではなかったですよ。まあね。

南極物語

おお、意外によく出来た、結構良心的な映画じゃないですか。支持したい。ファミリー層に訴えるように、犬達は恐ろしく頭が良く人間的すぎる“感情”を持っているように描かれているのだけど、それでいて畜生の浅ましさもちゃんと見せてくれるあたりバランスがいい。犬の“表情”に意味を持たせるあざとい演出もかなり控えめだし。わき目も振らず犬達を助けようとする主人公が見苦しい行動に出ないところも良い。
要所要所できちんと盛り上がるツボを押さえた展開の中でも一番好きなのは、ヒョウアザラシが出て来るところ! たかがアザラシをここまでカッコいいモンスターとして描いてくれるのは嬉しいったらないな。
主演のポール・ウォーカーは久々にちゃんとした役者に見え、普通の意味で魅力的。こんなの『ワイルド・スピード』以来ですよ。ファンは必見。その脇にいるブルース・グリーンウッドの渋さとジェイソン・ビッグス君の微笑ましさもとても具合よし。特にビッグス君は可愛いなー。今後こういう和みキャラとしての仕事が増える予感。あ、ヒロインのムーン・ブラッドグッドはちょっと弱かったです。

ブロークバック・マウンテン

まあ、普通。僕は原作のほうが好きです。要はこれって「かつてある所に存在したひと時の素晴らしい時間のせいでみんなが不幸になる」という話だと思うのだけど、映画はその物語の打ち出し方が弱くて、あと主人公であるところのイニスの後悔の念の描かれ方も弱いかな。西部の自然を美しく撮ってそれでいてありがちな“雄大”みたいなイメージになってない撮影は好き。
あともう一つ映画版で良かったのは一部のキャスト。ハリウッド製ティーン映画好きにはたまらない偏ったキャスティング*1の中でも一番良かったのは、イニスの妻役ミシェル・ウィリアムズ。粗末に扱われたり恨み言を言ったりする役柄が似合いすぎ。主演の二人のうちではジェイク・ギレンホールが良かった。序盤はいつもの青臭キャラなんだけどだんだんと薄幸オーラを纏って来るあたり的確な演技。ヒース・レジャーはもっと身も蓋もないくらい男臭いとよかったな。

*1:スクービー・ドゥー』のメガネっ娘とか『最終絶叫計画』シリーズの主演の子とかがさり気なく出て来て面白い

友桐夏『盤上の四重奏』

最高最高。『白い花の舞い散る時間』が気に入った人は絶対読むべき、な番外編。『白い花〜』の重要キャラを主人公に据えてあの物語の前日譚を裏から語る、というファン向けの趣向だけでなく、これ一作の読み心地まで『白い花〜』に似て甘く毒々しくてうっとり。
奇妙な館の外観を備えた学習塾が舞台な今作は今度こそまんま『麦の海に沈む果実』であって、世界観を形作る情景描写なんかではさすがに恩田陸に譲るものの、不穏なムードの身も蓋もない高め方やミスリードを誘う心理描写が意地悪でたまらない。幾重にも渦巻く陰謀の中で芽生えたロマンスが、それでも暗く光る様はすごく素敵。シリーズ続刊を切に希望しておきます。

小林泰三『脳髄工場』

久々の新刊でほくほく。とは言え、角ホラの泰三短編集は微妙にユルいのがお約束であって、今回もご多分に漏れず。それほどの出来じゃないと感じる収録作もあって、「影の国」とか「タルトはいかが?」あたりについてはそんな感じ。
でもやはり好きなのはすごく好きだ。例えば表題作。自由意志の存在について悩む少年がおぞましい真実に行き当たるお話はいつも通りながら、脇の無意味なグロ描写のレパートリーの多さには感心する。人口脳髄のアップデート時にはオムツを着けていく風習だとか、その時にあたって仮死状態になった人間の様子だとかが実に気持ち悪くて美味。
他、「C市」のクトゥルフネタをいじくり回しすぎて原形を留めてない筋立ての得体の知れなさや、「綺麗な子」の“綺麗な子”を求める心理のグロテスクな描き方なんかも好き。ショートショートものでは「停留所まで」が泰三流怪談として質が良く、「アルデバランから来た男」の「ムッシュムラムラ!」と「シャランラ!」に笑った。

奥田英朗『イン・ザ・プール』

遅いよ文庫落ち。おかげで『空中ブランコ』のほうを先に読んでしまってるからどうも物足りない。どうにも感情移入しにくいイヤな患者達が、伊良部との関わりを通して変わるうちにたまらなく愛しく思えて来る、この爽やかさが読みどころのシリーズなのだけど、この一作目では患者のキャラが最終的に読者の共感を掴むところまで行けてない収録作も多い感じ。
そんな中での集中ベストは「フレンズ」。ケータイ依存症というこの上なくベタなネタを扱いながらもワイドショー的安易さとは全く無縁で、主人公の抱える孤独感とそこへ向けられた優しい視線がどちらも切実に伝わって来る結末が綺麗。マユミのキャラの扱い方も『空中ブランコ』の「女流作家」と同じで面白かった。